なぜ大学院に進学するのだろう?せっかくだからまじめに考えてみよう。(ちょっと長いですが)

 研究は,山登りによくたとえられます.

無理やりですが,大学院にいって研究をするということは,「登山」をするためとたとえ話をして,一緒に考えましょう.

さて,どのような山に,どのような方法で登るべきでしょうか?。

普通の人は,登山は登っている間は非常にしんどいだけのように感じるので、登山中の自分のモチベーションを維持するためには、やっぱり、自分の趣味にあった山を選んだほうがいいかもしれませんが,そもそもどんな山(研究テーマ)を選びましょうか?

  • 山頂前の山道がはっきりと見える山 or 山頂までの道が雲にかかっていて何も見えない山。
  • 山頂にきれいな花が咲いているのが下から見える山
  • 山頂には地味な(でも通がすきそうな珍しい)高山植物が見えている山
  • そもそも山の頂上が雲にかかって,頂上がまったく見えない山

あと,登り方として,

  • 個人で登るのか?グループで登るのか?

ということもありますね.どっちがいいと思いますか?

ありきたりですが、最終的に自分の興味が持てる山(テーマ)を選んだほうがいいにこしたことはないでしょう。

ただ、本当は,山は実際登ってみないと自分にとって本当に面白いのかどうかはわからないし,登って頂上まで行くとどんな山でも達成感は味わえます.山頂に見えるもの(つまり,研究室見学などで見るデモとか)と,山頂までの道のりが自分にとって意味あるかどうかはそれほど関係がないかもしれません.

あと,山に登る理由は何でしょうか?

登山家はそこに山があるから上るという。あなたももしかして、「そこに大学院があるから進学する」という考えですか?私は実はそうでした。でも、本当にそれでよかったのだろうか?

私は、学部4回生の時、ほとんど何も考えずに、大学院の入試を受けました。私が受けたところは(当時は)、半数ぐらいが大学院入試におちるため(どの大学でも大学院の定員は大変少なかったです)、大体夏休み1ヶ月は死ぬほど勉強してる人が多かったです。私の場合、大学入試よりも大学院入試の方が断然勉強しました。例えば、それまで目がよかったのにその1ヶ月でめがねが必要となるぐらいになってしまいました。なぜ、当時そこまでして勉強したのか自分でもよくわかりません。周りの人と一緒に勉強していたのですが、はっきり言って、あまり何も考えていませんでした。あえていうと、以下のような理由だったような気がします.

  1. 大学院卒の方が、学部卒より会社に入ってから有利に?違いない。
  2. 学部の勉強は特にきらいでなかったので、ま、大学院でも楽にやっていけるだろう。そしたら、あと2年余分に遊べるではないか。

これは、古き良き時代の考え方だと思います。今でも、一部の大企業ではまだ、上のような甘い考え方で通用するかもしれませんが、それもいつまでも続くとは思えません。やはり、 これからの皆さんは、こんな甘い考え方ではだめではないでしょうか?

どうして上の考え方で、だめなのでしょうか?それは、いわゆる大学院を卒業したからといって、「できる」人になれるとは限らないことが,いろんな人がわかるようになってきたからでしょう。大学院を出たという理由だけでその後の人生に何のプラスにもならない可能性が高くなってきたかもしれません。私の卑近な例で言うと、大学院の入試に落ちて大学院にいかなった人のほうが現在会社で”えらく”なっている人もいます。多分、いままでは、「高い学歴の人=できる人」と考えていれば、ほとんどの確率であたっていたのでしょうね。今後ももちろんそれが完全に否定されるとは思えませんが、そんな考え方が通用するのは、「与えられた問題を効率良く解いていれば」こと足りる昔の社会だけなのかもしれません。

別の面では,大学院進学の状況も変わってきました。まず、多くの人が大学院に行くようになりました。そういう意味でも、大学院をでたということだけでプラスとはいえなくなってきました。そして、何よりも重要だと私が考えるのは、以下のように「できる人」の定義が変わってきたのではないかということです。

  1. 「勉強ができる」や「知識が多い」ということだけで、「できる」ということにならない。社会の動きが速いので昨日までの知識が役立たない。そして、社会の多様化により、「自ら問題を探してきて、自ら解決策を出し続ける人が必要とされるようになってきたのでしょう。
  2. これも重要と思っているのですが、困難状況にも負けずに持続して考え続けるための「脳力」。 これは、いわゆる、勉強ができるできないという能力でなく、体の持久力のことを体力といいますが、脳の持久力と思ってください。1時間必死に考え続けられる人の方が、10分必死に考えたら休憩しないといけない人より”脳力”は高いのです。)「知的体力」という言葉を使っている人もいますが、基本的に同じだと思います。そして、もちろん、体力も必要です。つきつめると、根性が大事なのかもしれません。

くどいかもしれませんが、修士号という免状をもっているということだけでは、今の時代プラス0と思っておいたほうがいいでしょう。つまり、本当に必要とされるのは、最先端の知識や高学歴だけではなくなってきているように感じます。

では、何が必要で、何のために大学院にいくのでしょうか?私の意見は以下の通りです。

最先端の知識を身につけることでしょうか?修士号をとることでしょうか?もちろんそれらは必要でとても大事だと思います。ただ、それだけを目指していたのでは、卒業してからの人生にはまりプラスにもならないでしょう。本当に大事なのは、

「自ら問題を探してきて、自ら解決策を出し続ける人」

となるための知的な基礎体力をつけることだと思います。そのようなことを、社会に出てからではやっている余裕もないし、年をとってしまうとできません。逆に、仕事に必要な最先端の知識は、会社に入ってからでもできますし、そっちの方がよっぽど効率いいはずです。

あなたの貴重な2年間を何のために使うのか、真剣に考えてください。


ある部族での登山の意味

昔、ある秘境の山間部にある部族が幸せにくらしていました。周りは高い山に囲まれていました。理由はよくわかりませんが伝統的に、山に登りその頂上に祭ってある紙切れ(免状)をとってくると「できる人」と認められました。この免状は25才になるまでにとりにいかなければならないのですが、この免状を持っているかどうかで、その後の人生が変わりました。というか、この免状を持っていないといい仕事を与えてもらえませんでした。いろいろな山がありますが、山には高さ順に順位があり、できるだけ高い山の免状を持っているほうがなんとなくえらいとみんな思っていました。4つほど典型的な山がありました。便宜上、A山、B山、C山、D山としておきましょう。さて、山に登るのは、その山の山岳クラブにはいるのが手っ取り早いので、皆だいたい入ります。というか山岳クラブに入らないと遭難などの危険性があるため、基本的に登山は許されていませんでした。

では、それぞれの山岳クラブの宣伝をみてみましょう。

A山:当山岳クラブに入ると、頂上までの行き方を書いた地図をあげます。自分で登山ルートを決めて頑張ってください。その経験がきっとあなたの役にたつはずですので。また、希望者には、マウンテンバイクを貸し出します。ただし運転の仕方は自分で研究してください。また、当登山クラブで安全面には留意しており、こちらの判断で危険と認められる場合はマウンテンバイクの貸し出しをお断りしています。また、遭難した場合などに備え、無線などを使って万全のバックアップをしますので、その点はご安心をしてください。

B山:当山岳クラブに入ると、なんとマウンテンバイクに乗せてあげて、頂上までつれていってあげます。最も効率的に免状が取れます。今時、苦労などはせずに何ごとも効率的に行いたいものですね。

C山:当山岳クラブに入ると、マウンテンバイクの運転の仕方を手取り足取り教えてあげます。つまり、最先端の知識が容易に手に入ります。もちろんマウンテンバイクを貸し出しますので、自由に練習してください。今マウンテンバイクを運転できる人は社会で引っ張りだこですので、免状をとったあともすぐに実社会で必ず役立ちますよ。

D山:うちは、会費は最も安い。登山道もほとんど整備されていない。自分で勝手に上ってくれ。安全面でのサポートはしない。

どこがいいですか?B山が一番人気でした。当時は、「すぐに役立つ最先端の知識も社会にでてから必要」と叫ばれはじめていたので、ちょっと考える人たちにはC山も人気でした。

あなたなら、何山を選びますか?B山、C山?うーん、それを悩んでおられるんですか?どっちか微妙ですね。では、参考までに、それぞれの山の山岳クラブに入った人の典型的な顛末をこっそりお教えしましょう。参考にしてください。

(便宜上、AさんがA山、BさんがB山、CさんがC山、DさんがD山を選んだとします。)

  • Dさんは、登山の途中で遭難してしまいました。ちゃんと準備をしていなかったので、帰らぬ人となってしまいました。実際半数近くの人が遭難してしまったそうです。これはちょっと危険すぎました。
  • Bさんは、もっとも楽に免状をとったので、あとは就職まで結構遊べました。周りの人からはとてもうらやましがられました。しかし、不幸なことに、その後、この秘境の地に開拓者がやってきて、彼らの生活は一変しました。つまり、彼らの伝統(免状をもっていればあがめられる)の価値観は全くなくなってしまいました。他に何の能力もなかったBさんは、そのため重要な職につくことなどできるはずもなく、開拓者にこき使われる雑用しかできず、後年は大変苦労をしいられました。
  • Cさんは、Bさんと違いました。なぜなら、彼はマウンテンバイクに乗る知識を持っていたからです。そのため、彼は免状パワーだけに頼らずに、当面はバイク運送の仕事をすることができ、大変いい感じで社会人のスタートを切れました。しかし、開拓者たちがもたらした文明による社会の変化のスピードは激烈なものでした。一年もしないうちに、バイクは廃れ、車に移動手段は変わりました。そして5年後にはヘリコプター、10年後には飛行機、15年後にはUFOと輸送手段はどんどんかわっていきます。Cさんも乗り遅れまいと、新しい乗り物のマニュアルを読破しようとするのですが、あまりに勝手が違っていてついていけませんでした。C山の登山クラブでは、手取り足取り教えてくれたのに、会社ではそうもしてくれません。年をとってからでは特にしんどく、彼は運送会社で使い物にならないというレッテル貼られてしまいました。社会の動きが速すぎたので、当時最先端と思って身につけた知識だけでは30年間も通用しなったということですね。大変な時代になったものです。
  • Aさんは、登山に関しては、人一倍苦労しました。まず、登山ルートを考えることから自分でしないといけませんでした。また、いろいろな手段でバイクのマニュアルを自分で探してきて、それでも不明なところは自分で調べて何とか運転することができるようになりました。遭難しそうにもなしましたが、それは山岳クラブのサポートで無事免状を取ることができました。さて、B,Cさん同様に、彼も激烈な変化をしていく社会で生きていかざるを得ないようになりました。大変でした。でも、あの登山で培った問題解決能力が役立ちました。新しい乗り物が実用化されれば、そのマニュアルを見てすぐに習得しました。登山していた時には自分でマニュアルまで探してきていたので、それに比べれば会社に入れば新しい知識を手に入れるのもたやすいことです。あるとき、彼が責任者だったプロジェクトで抱えていた乗り物に、マニュアルには書いていない異常がおきて、皆どうしていいかわかりませんでいした。でも、彼には、昔登山した時、マニュアルもなしで一人で山の中でバイクを修理せざる得なかった時に比べれば、何とかなるという自信がありました。その後も、彼は、幾多の問題を克服し、新たな事業を創出して会社の社長まで上り詰めました。

上の話の赤字の部分は、何に相当しているのでしょうか?考えてみてください。そして、本ページのトップの絵をもう一度みてみましょう。

さて、登山の心構えはできましたか?次に、どの山を選びましょうか? まずは、その登山クラブ(研究室)の方針があなたの考えとあっているかは結構重要です(上のAからDのどの方針か?)見学会などが有る場合には、是非, 参加して現役の登山クラブの部員(ようはその場にいる学生さん)の意見も聞いてみましょう。

本当の登山家なら、「そこに山があるから」と理由で上るのもかっこいいのですが、「そこに大学院があるから進学する」というのではかっこ悪いような気がします。そうです、私はお馬鹿さんでした。ここまで読まれたあなたには決してそんなかっこ悪いことをしないことを期待いたします。


登山をするとしたら、どの山に登りましょうか

さて,最初にもどって,結局どんな山にどのように登りましょう?

山頂を下から見ただけでは,登山して意味があるかどうかはわからないかもしれないということです.つまり,山頂にきれいな花があるとかということよりも,山頂までに登る山道が自分にとって楽しいかとか長い目で見て自分にとって意味があるかどうかのほうが意味がありそうですね.しかし,そうはいっても結局そのようなことは実際に登ってみないとわからないから,登る前に決めるのは難しいですね.そうはいっていたらしょうがないので、何でも最初に選ばないといけないのですが、私の経験から言うと、いろんな選択というのは、最終的には、インスピレーション、第一印象、知り合いの紹介、などなど、人間の好みなんてあんまり論理的でないのではないかと思っています。つまり,えいやっと決めてしまう決断力が大切です。ただ,実際には,「どんなテーマでもいいはずです.」(よね,登り方のほうが重要なのです....)

どうせ、結婚とかと違い(笑)、修士のテーマがその後の人生に影響を与えることは少ないと思います。(上で書いたように、むしろ、どのように頑張って研究したかの過程の方が重要でしょう。また、学生さんが思っているほど「修士の研究」と「就職してからの仕事」は関係ない場合が多いです(特に大企業ではほぼ関係ないでしょう。理系、文系とかの違いは大体ありますが。それ以外で大学でやっていたことで一生の仕事が決まるなんてどう考えてもおかしいですよね?)。また、たとえ、たまたま修士の研究と同じ内容の仕事についたとしても、社会の変化が激しいので、あなたが定年退職するまで修士の研究と関係ある仕事をし続ける可能性は0に近いでしょう。つまり、仕事に役立ちそうという観点だけで、例えば、「社会ですぐに役立ちそう」とか「世間で今言われているキーワード」などで選ぶというのはあまり感心しません。もし、あなたが、博士課程に進んでそのテーマで一生研究をやっていこうというぐらいに本気におもっているなら、ちょっと別でもちろんもう少しテーマは真剣に決めてください。それでも、あえて言いますと、たとえ博士課程に進んでも、実はいつまでも同じテーマをつづけて研究をしている人の方が少ないと思います。

そう思うと、研究テーマでなくて、その研究室の教授の先生が優しそう、とか、見学に行った研究室の先輩が優しかった、かっこよかった、かわいかった,  etc. .で選んでも問題ないと思います。だって何事も、嫌いになるには理由が要りますが、好きになるには理由がいりませんからね。

あと別の考え方として、人生の先輩として思うことは、会社に入ってからでもできるようなことをわざわざ大学院でする必要はない、という考え方もあります。むしろ、会社に入ったらできないような面白いことを選んだほうがいいのではないでしょうか?

学生時代には、学生時代にしかできないことをすべきです。 それから、それは目的意識をもってやったほうがいいと思います。 研究なんかしない代わりに、いろんな社会勉強をするほうがいいと思って、もっとも楽な研究室を選ぶというのも、本当に自分でそう信じてするなら私が親なら応援します。 留学するとかインターンシップをするとか、研究以外でもいろいろ自分を磨く方法はあります。それをうまく研究室の活動とバランスをとってやっていくかは、あなたの努力しだいです。 ただし,学部は研究以外に主をおいてもいいかもしれませんが,大学院の場合は「研究を主」としないのならば,本当に大学院に行く意味があるのかは,よく考えてください.大学は学部を適当に選んで入ったという人も多いと思いますが,大学院進学の決定は大人になってからの決定ですから,何も考えずにというのではまずいですね.

ちなみに、「大学院では死ぬほど苦労して勉強や研究をすべき」と主張してると思われるかもしれませんが,そのような意図はないです.登山も頑張ってほしいですが,「登山だけでは悲しいですね.」あなたの指導教官に文句を言われない程度に登山は頑張ればいいと思います。 (そうです、社会に出てしまったら、学生時代ほど時間に余裕はありません、学生時代の内にしかできないいろいろなこと(あえてここでは書きませんが(笑))を頑張ってください。)

くどいようですが、私が重要だと思っているのは大学院に行くのなら,自分で考えて登山を頑張ることです。つまり、与えらたプログラミングをこなす、何かのツールの使い方を覚えるといったことではなく、大学院でなければできないような「知的な体力」の増進に励むべきだと思っています。そして、研究や勉強以外のこと(友人との遊び、いろいろなバイト)も、研究や勉強の妨げとならない程度に、積極的にしたほうがいいと思っています。なぜなら、そんなことは社会人になってからは、そうできません。

話がそれてきましたが,学生時代には、学生時代にしかできないことをすべきです。 研究や勉強のテーマもそうです.会社に入ってから研修とかで行う実学的なことを大学でわざわざ勉強することは別にないはずです. がそれてきました

私のメッセージは結局これに限ります。

ちなみに,よく企業が「即戦力」ということを言いますが,実際に何が「即戦力」かと聞かれると,具体的な何かの知識というわけでなく,「コミュニケーション能力」,「論理的に話をする,文章を書く能力」,「自ら問題設定をする力」などと言われます.「即戦力」という言葉に惑わされてはいけません.仕事をするのは,2,3年ではないのです.40年ぐらい仕事をするための「知的な体力,脳の持久力」をつけてください.若いうちに体力つけないといけないように,若いうちに知的な体力をつけないとだめでしょう.

実は,このような力を身につけるのは,理系の大学院での研究 というのが本当は意味があるはず.逆にいうと,そのような力をつけれるような研究テーマ,研究方針を選びたいですね.私が思うのは,「理論的」なテーマが(難しいけど)いいと思います.

あなたが有意義な大学院生活を送られ、そしてその経験がその後の人生に役立てられることを祈っています。ここまで読んでくださってありがとうございました。感想があったらメールください。 (おしまい)